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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)486号 判決

上告人(被告)

三社工業こと岡本吉夫

被上告人(原告)

安原宏江こと趙福仙

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人奥村仁三の上告理由一について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件事故当時における訴外池嵜弘の本件自動車の運行を客観的に観察するとき、上告人は右訴外人の自動車運行につき運行支配と運行利益を有していたものと認められないわけではない。もつとも、原判決は上告人に対する運行利益の帰属につき明示するところがないが、その判示からこれを肯定していることを窺うに足りる。また、被上告人が上告人に対する関係では他人性を有していた旨の判断もまた正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同二について

不法行為による損害賠償額の算定に際して過失相殺をするにあたり、斟酌すべき被害者の過失をいかなる割合と定めるかは、事実審裁判所の裁量に属するものと解すべきである(最高裁判所第二小法廷昭和四三年(オ)第一一六九号・同四四年二月二一日判決、裁判集九四号三八九頁参照)ところ、原審の確定した事実関係のもとにおいては、原判決に右裁量を著しく逸脱した違法があるとは認められない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 岸上康夫 団藤重光 藤崎萬里)

上告理由

上告代理人奥村仁三の上告理由

一 原判決は上告人に対し自賠法第三条による運行供与者としての責任を免れず損害賠償義務ある旨認定したが同法条の解釈を誤つた違法がある。

本件の事実関係は上告人の被傭者池が上告人事務所に在つた車のキイを持出し被上告人勤務先のクラブ金剛山に赴き被上告人等より酒食のサービスを受けその帰路被上告人より同乗を要請され、所謂好意同乗者として被上告人を乗せて運転した際に事故が起きたものである。

而して運転者池は自動車の運転免許がなかつたので上告人は池を自動車運転には使用せず土方等の仕事に従事させていたものであり、一方池は就業時間外の夜間に勝手に自動車のキイを事務所から持出して運転したものである。従つて池の車の運行は深夜上告人の事業に何等関係のない娯楽を目的として運転されたものであり、被上告人も亦上告人とは何等関係もなく全く池との私的関係に基づくに過ぎないことが明な案件である、池の運転は上告人の利益の為でなく専ら池及び被上告人の利益の為に為されたものであつて自賠法第三条によるその運行によつて事故を起したものではないのに拘らず原審は上告人に運行供与者としての責任を課したのは同法の解釈を誤つたものと謂はなければならない。

二 原判決は過失相殺の適法なる適用を誤つた違法がある。

原審は池が本件事故日の前日の午後一一時ごろ右クラブに来たときには、既に他所で飲酒してきて酔つていたが、同僚の坂口のテーブルにつき、被上告人らのサービスを受けてビール二本位を飲んだこと、被上告人は池が度々自動車を運転しきたり客となつていたことを知つていたこと、池は同日午後一一時四五分ころの閉店時まで飲んでいたこと、同人の酒量は通常であるが同時間頃相当に酔つていたこと、その後間もなく被上告人と同僚加賀美は同クラブの近くにあつた本件加害車に乗つたところ池から坂口の運転する自動車に乗り移るように言はれたが加賀美だけが坂口の車に移つたこと、被上告人は当時殆んど飲酒していなかつたこと、坂口車に追随して本件加害車が発進し、約一〇分後に、池は先行車が左方へ進路を変へた瞬間本件加害車の進路上に安全地帯を発見したが、間に合はず同所に同車を衝突させたことが認められる。

右認定の事実によれば池は酒酔ひのため正常な運転をすることが出来ない状態にあつたのであるからみずからの運転を中止すべき注意義務があつたのにそれを運転したことについて過失があつたものと謂ふべく、他方被上告人は池が自動車を運転して同クラブに客としてきたことを知つていながら、すでに酔つていた池に対し、更にビールを提供し、池が相当酔つていたことを承知のうえで他店に飲食に行くため本件加害車に同乗したものであり、かつ池が私用のために運転することも知つていたものと認められ、以上の情況の下では被上告人は同乗することを中止すべきことは勿論のこと、池に対し運転を中止するように忠告する義務さえあつたものといふべきところ斯様な行為に出でなかつた点に過失があつたといふべきである、そこで過失の割合は同じ程度であると認定するのが相当である旨認定した。

然し乍ら被上告人の過失はもつと大である、被上告人は酒食提供業者の従業員であり客が車を運転して来た時は飲酒の提供を拒否する義務があるものであり、所謂業務上の注意義務もあるものである、これに酒食を提供し自らも同乗するが如きは以ての外であり其の過失は大であり、損害賠償額を定める過失の割合は八割以上被上告人に存するものである。

以上

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